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初めての「きらがわ漁場」

ウズベキスタン旅行記を掲載中ですが、まだ終わりそうにありません。
そこで今回は、趣向を変えてブレイクタイムと致しましょう。
今日、釣友3人と室戸市吉良川町の「きらがわ漁場」へイカダ釣りに行っておりました。
きらがわ漁場は自宅から1時間少々で行けますが、実は行くのは今回が初めてです。




セッチング

夜が明ける前に3号イカダへ釣友T氏と2人で上がり、明るくなり始めると仕掛けをセットしました。
釣り方は潮受けゴムだけを付けたイケイケ仕掛けです。
正面に行当漁港の防波堤が見えていますが、その方向に向けて潮が流れています。いい感じ(^^)

ところが全然魚の当たりがないので、浮き下竿2本半のウキ釣りに変更しました。




サンノジ_edited-2

すると間もなく40cmくらいのサンノジハゲが釣れました。
そしてサンノジハゲのオンパレードになり、型も大きくなって50cm近いのも釣れました。
サンノジハゲを数匹釣ると腕が疲れてきて戦意も消失気味です。
ここにはハゲしかおらんのかいっ!




釣友_edited-2

釣友は餌釣りを諦めてルアー釣りを始めました。
しかし生命反応は一切無いとのこと。
ここのイカダには屋根があるので、雨の日や日差しの強い日には楽ですね。

良い魚が釣れないので「きらがわ漁場」の写真でも写してみよう。




西_edited-1

3号イカダから西方向を見たところです。
2号イカダと、先の台風で破損した1号イカダの代わりに釣り船を係留しています。
あと2人の釣友は釣り船に上がっています。
遠くに見える集落は古い町並み保存で有名な吉良川町です。→こちら




北_edited-2

北方向には道の駅「キラメッセ室戸」が見えています。
ここの道の駅ではいつも新鮮な魚を売っています。

その後、魚の当たりが全然無くなって数時間経ちました。
しかし海の神はワタクシを見捨てませんでした。




グレ (2)

納竿間際になってウキが消し込み、40cm近い丸々太ったグレが釣れました。
きっと自殺願望のグレでしょうね。




船_edited-5

午後2時に迎えの船が来ました。
船には夕釣りの釣り人が数人乗っていて、昼釣りの我々と交代です。
それにしてもけったいな形をした渡船だこと。
おそらく大敷き網用の船ではないかと思います。違ってたらゴメンなさい。

結局4人で釣れたグレは1匹だけでした。
釣り船の2人も全然生命反応がなかったそうです。

おしまい。



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ブハラからヒヴァへ

ウズベキスタン5日目はブハラから450km西のヒヴァへの移動日です。
スケジュールは午前8時にブハラのホテルを出発し、途中昼食を食べて午後5時にヒヴァに着く予定になっています。



DSC09575_edited-1.jpg

ブハラ郊外の広大な綿花畑です。
しばらくこのような緑の大地が続きました。



DSC09568.jpg

途中、巨大なタンクを乗せたトラックと行き違いました。
ブハラには天然ガスの油田と工場があるとのことで、天然ガス製品を運んでいる車両だとのこと。
ウズベキスタンの主要産業は綿花栽培ですが、天然資源にも恵まれ膨大な天然ガス、手つかずの石油を埋蔵し、更に金、銅、鉛、ウランなどの埋蔵量も世界上位だそうです。



DSC09590.jpg

更に進むと大地の緑は無くなり、黄土色の砂漠になってきました。
バスから植生の変化を見るのも楽しいものです。



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途中から道路は片側2車線の高速道路に変わり、乗用車やトラックが時速100km以上でぶっ飛ばしています。



DSC_0848.jpg

ブハラから約4時間走って、昼食のため高速道路沿いのチャイハナ(茶屋)で停車しました。
ショボいと言わないで下さいね。なんせ砂漠のど真ん中なので食事にありつけるだけで有り難いというもの。



DSC_0837.jpg

昼食のメニューはシャシリクという串焼き肉がメインです。
屋外でお兄さんが細長いバーベキューコンロで焼いているところです。
ところが急に天候が一変し、雷雲が発生して豪雨になりました。



DSC_0872.jpg

バーベキューは屋根の下に移動しました。
串焼きは牛肉と羊肉の2本が出されましたが、どちらも甲乙付けがたい美味しさでした。
雷雨は20分ほどで小降りになりましたが、砂漠の中でこんな事があるとは驚きです。



DSC09648_20181016183957653.jpg

バスは何のトラブルもなく午後5時にはヒヴァのホテルに着きました。
ホテルはイチャンカラ内の古ぼけた建物で、荷物を預けてさっそく世界遺産のイチャンカラ観光に出かけました。



DSC_0909.jpg

最初にヒヴァを一望出来るクフナ・アルクの見張り台に行きました。
上の写真は見張り台から北方向を見たところです。
この城壁に囲まれた城内がイチャンカラと呼ばれる区域です。



DSC09709.jpg

一方こちらは南方向です。
遠くにイスラム・ホジャ・メドレセのミナレットやカルタ・ミナルを望めます
素晴らしい絶景!これぞイチャンカラ!!




DSC_0940.jpg

夕日に照らされたカルタ・ミナルです。
この日は正味30分の観光でしたが、明日もイチャンカラ観光があるので楽しみです。

ところで。。。



DSC09644.jpg

夕食の後、一風呂浴びて長旅の疲れを癒やそうとしましたが、お湯も水も全然出ません。
まだ午後9時過ぎだというのに!
やはり砂漠の街は水事情が良くないようです。
翌日の午前4時頃にお湯が出たのでシャワーを浴びました。



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古都ブハラ・その2

次にブハラのシンボルとも言うべきカラーンミナレットとカラーンモスクへ行きました。


DSC_0665.jpg

高さ46mのカラーンミナレットは1127年に完成し、1220年のチンギス・ハーンによるブハラ占領の際にも破壊を免れます。
このミナレットは、19世紀後半まで罪人を生きたまま袋に入れて、搭上から投げ落とす刑が行われていたそうです。
それで「死の塔」の別名でも知られているそうです。死(知)らんかったちや(^^;)
続いて隣接するカラーンモスクへ行きました。



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カラーンモスクの回廊です。
相当長い回廊ですが、カラーンモスクは巨大なモスクで1万人の信者が礼拝出来る広さだそうです。
カラーンとはタジク語「大きな」という意味だそうです。



DSC_0643.jpg


モスクの広大な中庭からカラーンミナレットが見えています。
カラーンモスクはチンギス・ハーンによって破壊され、16世紀に再建されました。
正面の八角形の構造物は書見台だそうで、この中で聖職者がコーランを朗踊していたのでしょうか。



ミル・アラブ・メドレセ

カラーンモスクと対面して建っているミル・アラブ・メドレセです。
このメドレセは16世紀に建てられ、素晴らしい建築様式と装飾が際立っていました。



DSC09464_edited-1.jpg

ミル・アラブ・メドレセの裏通りで、赤ちゃんを抱いたお父さんを見かけました。
ムスリムにもイクメンがいるんですね。
それにしても赤ちゃんのカワイイこと(^^)



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次にアルク城に行きました。
この写真はアルク城の城壁です。



DSC_0689.jpg
 
アルク城の入口です。
この城は歴代のブハラ・ハーンの居城で、紀元前4世紀頃から存在しているそうです。
チンギス・ハーンなどの外敵に何度も破壊されましたが、その都度建て直されたそうです。



DSC_0688.jpg DSC_0687.jpg

城内にあるジュマ・モスクと内部です。
柱と天井も彫刻が素晴らしかったです。城内には博物館も併設されていました。



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次に892年から943年にかけて建造されたイスマイール・サーマニ廟へ行きました。
この廟は現存する中央アジアで一番古いイスラム建築です。



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外壁は日干し煉瓦で出来ていて、その建築様式は世界中の考古学者や建築家に注目されているそうです。



チャシュマ・アイユブ

ここはチャシュマ・アイユブ廟です。
チャシュマとは「泉」、アイユブは旧約聖書に出てくる予言者ヨブのことです。
水不足で人々が苦しんでいた時、ヨブがここを杖で叩いたら泉が湧き出したという伝説があるそうです。
この建物の中に泉があります。



DSC09544.jpg

この奥に聖なる泉があるそうですが観光客は入れませんでした。
代わりにこの蛇口の水を飲めということか? 止めとこう(^^;)



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内部には皮の水袋などが展示されていましたが、一番印象に残ったのはこの写真です。
1960年と2017年のアラル海の衛星写真です。
湖面面積で12%まで減少しています。この世界最大級の環境破壊については次の機会に。



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この日の夕食はメドレセの中庭で民族ショーを楽しみながらいただきました。
日本の琵琶や三味線のような楽器もあり、メロディはどこかもの悲しい旋律で郷愁を感じる曲が多かったです。



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足下がモゾモゾするので何だろうと見てみると、1匹のニャンコがすり寄ってきました。
夕食のナンを少し千切って与えると、嬉しそうに食べていました。
どうやらこのニャンコ、このメドレセの主のようです。



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古都ブハラ・その1

ウズベキスタン4日目はブハラの歴史地区を巡りました。
ブハラは古代より栄えたオアシス都市で、1993年に旧市街地がユネスコの世界遺産に登録されています。
旧市街地はあまり広くないので徒歩主体の街歩きでしたが、少し離れた史跡にはバスで移動しました。



DSC_0548_20181014192417ca7.jpg

最初に行ったのはナディール・ディヴァンベギ・メドレセです。舌を噛みそうですね(^^;)
入口のタイル絵には二羽の鳳凰が爪で白い鹿を掴み、太陽には人の顔が描かれていますが、これは個人崇拝を否定するイスラムの教義に反するものだそうです。
なんでもこのメドレセは、最初はラクダや馬を休ませることが出来る隊商宿として建設を始めたが、支配者の怒りを買うのを恐れてメドレセ(神学校)に変更したそうです。



DSC09263.jpg

ラビハウズです。
ハウズとは池のことで、今は水質が良くないが100年前は水を飲めたそうです。
池の周りにはレストランなどもあって、市民の憩いの場になっているようでした。



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何かと思ったら共同浴場の跡だそうです。



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途中、幼稚園児の遠足に出会いました。
かわいいですね(^^)
ウズベキスタンは120以上の民族が暮らす多民族国家なので、さまざまな顔の国民がいます。
だからウズベキスタンには民族間差別がないそうですよ(^^)



ウルグベク・メドレセ。

ウルグベク・メドレセです。
ウルグベクはティムールの孫にあたり、ティムール朝第4代君主で優れた天文学者・数学者でもあります。



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ウルグベク・メドレセと対面して建っているアブドゥールアジス・ハン・メドレセの入口アーチです。
美しいですね。素晴らしいですね(^^)



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このあとタキバザールへ行きました。
タキとは「丸屋根」という意味で、たこ焼き器の裏のような丸屋根の下にバザールがあります。
それではどのような物を売っているか見てみよう。



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様々な種類の香辛料と、カラフルな織物類



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楽器屋と金物工房のおじさん。
さすがシルクロード商人は商売上手ですか、皆さん大変フレンドリーでした(^o^)
この他色んなものを売っていましたが、全て観光客目当てのお土産物でした。

次に絨毯工房を見学しました。



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ブハラの絨毯は全て手織りだそうです。
手織りは機械織りに比べて品質が良いそうです。
右の女性は指導者のようでした。



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工房に隣接して展示販売所がありました、
手頃な値段の絨毯もありましたが、300万円もする絨毯もありました。

ブハラの街歩きはまだまだ続きます。


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ティムールの故郷シャフリサブス

ウズベキスタン3日目は、サマルカンドから420km離れたブハラへの移動日でしたが、途中でティムールの故郷で世界遺産のシャフリサブスを観光しました。



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最初はティムールが築いたアク・サライ宮殿跡に行きました。
ティムールは征服した土地では破壊と虐殺を繰り返していますが、自分の故郷には多くのモスクやメドレセを建造しています。
この二つの巨大な建造物は宮殿のアーチで、現在は崩れて高さ38mですが建設時には約70mあったそうです。



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アーチの内壁には当時の装飾が残っていました。
右の写真は崩れ落ちて残った現在のアーチ部分と、当時のアーチを比較した解説図です。
屋上にはハーレムのプールがあり、美女が何人も泳いでいたそうです。
プールの水は、遠くの山から水道管で引水し噴水もあったそうな。



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宮殿跡は広大な公園になっていて大きなティムール像が建っています。
周りには高い建物や樹木がないので遠くからよく見えます。



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近づいてみると中々ハンサムです。
阿部寛に似ているように思いました。



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次に少し離れた所にあるドルサオダット建築群へバス移動しました。
ここには22歳で死亡した長男の為にティムールが建てたジャハンギール廟などの建築物があります。



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ティムールの長男の墓です。


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すぐ近くにティムールが自分用に造った墓室がありました。
入口からすぐ階段になっていて、墓室は3mくらい下にありました。



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ティムール用の石棺ですが中は空っぽです。
ティムールはサマルカンドのグリ・エミル廟に葬られています。



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ドルサオダット建築群から250m位離れた所にあるドルティロヴァウト建築群へ歩いて行きました。
ドルティロヴァウトとは「瞑想の家」という意味だそうです。
ここにはティムール朝第4代君主ウルグベクが建てたコク・グンバス・モスクと、それに向かい合った2つの廟が並んで建っています。



DSC09195.jpg DSC09196.jpg

入場口近くに若い女性が大勢立っているので何だろうと思っていると、結婚式の行列が近づいてきました。



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コク・グンバス・モスクの入口です。真正面からなので青いドームが見えません。



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モスク内部には壁にも天井にも美しい装飾が施されていました。
二つの廟の内部も素晴らしかったです。

シャフリサブス観光の後レストランで昼食を食べ、約4時間バスに揺られてブハラに着きました。



DSC09241_20181013001904f9b.jpg DSC09244.jpg

ホテルの寝室とバスルームです。
新しいホテルだったので無料Wi-Fiもあり快適でした。



DSC09247.jpg

湯上がりに飲むビールは最高です。
ウズベキスタン人の9割以上はムスリムなのですが、ソ連時代が70年以上続いた影響なのかアルコール類には寛容です。
レストランではビール、ウオッカ、ワインなどが注文出来ますし、ショップでも売っているところがあります。
このビールはトイレ下車した所のショップで買いました。

さぁ、明日は1日中ブハラ観光だ!


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