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秋葉祭り・その2

前回の続きです。
秋葉まつりは旧仁淀村別枝地区にある本村、霧之窪、沢渡の3集落からそれぞれ行列が出て、約200人が岩屋神社から秋葉神社まで半日をかけて練り歩きます。



先頭_edited-1

行列の先頭が大石家前に現れました。
先頭は鼻高面を付けています。



シシ

その後ろに獅子神輿が続きます。



神輿

神輿は16人の担ぎ手によって、相当激しく揺さぶられていました。
中に入っているのは女性の火の神様だそうですが、これじゃ目が回ってしまいますよね(^^)

さて次は、秋葉祭りのハイライトである鳥毛ひねりです。
鳥毛ひねりは火事装束の若者が鳥毛棒を直立させたまま、10数メートル向こうの相方に投げ渡します。
鳥毛棒は長さ7メートル、重さ8キロの檜で出来ています。



一

投げる前に精神を統一しているところです。



二

投げました!
重さ8kgの鳥毛棒が垂直を保って相方に向かって飛んでいます。



四

相方が鳥毛棒を受け止め、鳥毛が地面に着かないよう即座に肩に乗せました。
お見事!
3集落とも鳥毛ひねりを行いましたが、狭い通路でありながら3回とも成功し、観客から拍手と歓声がわき起こりました。
鳥毛ひねりは岩屋神社、市川家、大石家前、法泉寺、中越家、秋葉神社の6カ所で行われます。



稚児行列2

鳥毛ひねりの後、稚児行列の太刀踊りがありました。稚子行列は各集落12名ずつだそうです。
距離がある上に雨上がりで暗かったので、写真がうまく撮れないのが残念です。

それでは、行列が近づいてきたときに撮った写真を幾つかUPします。



こども

稚児行列の子どもたちです。



シシ2_edited-1 鬼

獅子と鬼



飾り2

この飾りは何でしょう?

大石家前での練りが終わった後、次の会場である法泉寺で間近に鳥毛ひねりや太刀踊りを見たかったのですが、行列の後を何百人もの観客がついて行っています。そして法泉寺では今か今かと待っている観客がたむろしています。
これじゃ、とても間近で見ることが出来ません。
帰ろう!



DSC02573.jpg DSC02594.jpg

帰りに本部前の売店で買った沢渡の茶大福です。
大福餅6個とティーバッグ3個が入っていていました。
餡に茶葉が入っている大福は甘さが抑えられていて、左党のワタクシにも最高に美味しかったです(^^)
もちろん沢渡茶も円やかで絶品でこざいました。


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秋葉祭り・その1

昨日、土佐三大祭りの一つである仁淀川町の秋葉祭りへ行ってきました。
一昨年に行った時は積雪で中止になったので、2年ぶりの再チャレンジです。
朝8時20分に家を出て、高知自動車道の伊野ICを下りて国道33号を松山市方向に延々と走り、午前10時前に秋葉神社への入口になる別枝大橋を渡りました。



山道

別枝大橋を渡ると道路は1車線の山道になっています。
しばらく走っていると前に車がつかえ、ノロノロ運転になってきました。
いかん! 出発時間が遅すぎた。車を置くところがあるろうか。



秋葉まつり駐車場マップ (2)
(クリックすれば大きくなります)

道路沿いの駐車場と道路の広いところにはビッシリ車が停車していて、マップ左端の赤丸の所へやっと停める事ができました。
到着時間は午前10時30分でした。
やれやれ、もうちょっと出発が遅かったらアウトになっちょった!

別枝大橋でもらったマップを見てみると、呼び物の練りは6カ所で行われるようですが、右の赤丸で囲った祭り本部近くの大石家が10時40分から11時頃となっています。
行ってみよう! しかしマップを見ると2km以上あります。間に合うかな。



車列

本部を目指して急いで歩いて行くと、道路の片側にズラッと駐車しています。
何しろここは山の中なので、広い駐車場が無く道路が臨時駐車場になっています。



売店

約20分で本部前に着きました。
ここはバス駐車場になっていて、数軒の土産物売場も開設されていました。
大石家はここのすぐ上です。



大駐車場

二人の巫女さんが歩いている坂道を登って大石家に向かいました。
秋葉祭りツアーの大型バスが10台は停まっていますが、毎年、全体で1万人前後が秋葉祭りに来るそうです。



通路

大石家住宅のすぐ下の通路です。
この狭い通路を練りの行列が通るので、近くで練りを見るには最高の場所のようです。
しかし、既に大勢の人が陣取っていて入り込む隙間がありません。



カメラポジション

ワタシのカメラポジションは谷を挟んだ人家前の通路です。見物客が群がっている下の通路で、練りで一番人気の鳥毛ひねり太刀踊りが披露されます。
ここから直線距離で100mくらいあるので、安物のコンデジで上手く撮れるか不安です。
それにしても大石家のしだれ桜は見事ですね。

ところが、予定の時間になっても練りの行列が現れません。
約一時間遅れるとの情報が伝わってきました。これぞ誠の土佐時間(-_-)



油売り

一時間近く立ちんぼで待っていると、大石家の下がざわめき始めました。
甲高い声も聞こえてきます。どうやら油売りが現れたようです。



<油売り2

油売りがこちらに近づいてきました。
ひょっとこや、お多福の面をつけた油売りは、練りの先頭より先に歩くことが出来、沿道で練りを待っている人を退屈させないようにする役目があるそうです。



おどけ

ワタシのすぐ前で荷物を下ろし、甲高い声でユーモアたっぷりに商売を始めました。
売っていたのは小さい竹の棒でできたお守りでした。


あつ! 練りの先頭が現れた。
この後は次回に。。。


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倉敷美観地区

先週の金曜日から昨日まで広島市に行っておりました。
自宅から広島市までは、瀬戸大橋経由でノンストップで走れば3時間半ぐらいで着きますが、途中休憩を兼ねて倉敷美観地区に寄りました。
美観地区に行くのは実に十数年ぶりです。



水路_edited-1

高知自動車道の南国ICから、2時間弱で倉敷美観地区に着きました。
初冬だというのに20℃近い陽気です。
ウィークデーなので観光客も少なめです。



通り

倉敷川の両岸には江戸時代の屋敷がたくさん残っていて、川沿いの屋敷の多くは土産物売場や喫茶店などを営んでいます。



DSC00947.jpg

露地裏通りです。
白壁が素晴らしいです。



舟_edited-2

倉敷川の川舟流しです。
船頭さんがガイドを兼ねて説明していました。
人気があるようで外国人のグループも乗っていましたよ。



人力車

人力車もありました。
こちらの方は手持ちぶさたでした。



DSC00963.jpg

国指定重要文化財の旧大原家住宅まで来ました。
庭園の紅葉がキレイだとの事ですが、対岸の大原美術館へ先に行くことにしました。




大原美術館

外から見た大原美術館です。
大原美術館は倉敷紡績を経営していた大原孫三郎が、洋画家の児島虎次郎に託して収集した美術品を展示する為、1930年に建設した日本有数の美術館です。



DSC00984.jpg

大原美術館本館の入口付近です。まるでギリシアの神殿みたいです。
一つのチケットで、本館、別館、工芸館、東洋館へ入館出来ます。
内部は撮影禁止なので、館外の4作品をアップします。




ヨハネ カレーの市民

本館入り口の両側に、ロダンの「洗礼者ヨハネ」と「カレーの市民」のブロンズ像が立っています。



横たわる母と子 山つくり

分館前庭に鎮座するヘンリームーアの「横たわる母と子」と、イサム・ノグチの「山つくり」です。

館内にはエル・グレコの有名な「受胎告知」や、モネ、ルノアール、、ピカソ、マティス、ミレー、クールベ、ゴーギャン、セザンヌ、モロー、岸田劉生、萩原守衛、児島虎次郎などの多くの作品が展示されていました。
よくぞこれだけの作品を集めたものです。



昼食

美観地区にある老舗旅館のレストランで昼食に食べた、1日限定50食の「四季の散歩道御膳」です。
旬の食材を使ったお造り、揚げ物、煮物、焼き物などが12の小鉢に入っていて、なかなか美味しかったです(^^)



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日本と関係の深いタシケント

ウズベキスタン旅行8日間の最終日はヒヴァからウルゲンチまでバス移動し、ウルゲンチ空港からタシケントまで飛行機で飛んでタシケントを観光しました。
タシケントはウズベキスタンの首都で、人口250万人の中央アジア最大の近代的都市です。



DSC_1213.jpg

ウルゲンチ空港を飛び立って高度を上げているところです。
エンジンがジャマで見えにくいですが、眼下にはるかパミール高原から流れているアムダリヤ川が見えています。




DSC_1250.jpg

タシケントに着いて最初に日本人墓地へ行きました。

太平洋戦争の終戦直後、満洲や樺太に駐留していた日本兵約60万人が捕虜としてソビエト連邦内の各地に連行され、過酷な労働を強いられました。
当時ソ連の一共和国であったウズベキスタンにも約2万3千名の日本軍捕虜が移送され、各地で強制労働に従事し1956年までの間に884名が亡くなりました。

タシケントの日本人墓地には79名の日本人が眠っています。
地面には79名の墓石が並び、周りには桜の木が植えられていました。



DSC_1242.jpg

鎮魂碑には日本語でも「永遠の平和と友好 不戦の誓いの碑」と書かれていました。




DSC_1253.jpg

墓地にはウズベキスタン各地で亡くなった日本人の鎮魂碑も建っていました。




DSC_1257.jpg

日本人墓地の次に、日本人捕虜が強制労働によって建てたナヴォイ・オペラ・バレエ劇場に行きました。
1966年に起きた直下型の大地震でタシケントの建造物はほとんど崩壊しましたが、ナヴォイ劇場は無傷で多くのタシケント市民の避難所として使われたそうです。
このことがウズベク人が日本人に好感を持つ一つの要因になっているそうです。



DSC_1289.jpg

建物の裏側に建設に関わった日本人を讃えるプレートが設置されています。




DSC_1286.jpg

プレートはロシア語、日本語、英語、ウズベク語でかかれています。
日本人捕虜が「日本国民」となっているのは、日本人捕虜は旧ソ連の捕虜であってウズベキスタンの捕虜ではなかったからだとか。
ここらにも日本に対する配慮が感じられます。




DSC_1294.jpg

最後に震災後に再建された新市街地のアムール・ティムール広場に行きました。
ティムール像後方の左の建物は旧ソ連式のホテル・ウズベキスタンで、右のドームのある建物は国際会議場です。




DSC_1307.jpg

ティムール像を横から見たところです。
この馬に乗ったティムール像は、テムールの故郷シャフリサブスにある像より精悍で強そうでした。




DSC00177_201810222242395cb.jpg

国際会議場のドーム屋根の上につがいのコウノトリの像が取り付けられていました。
コウノトリは幸福を呼ぶ鳥としてウズベキスタンの国鳥に指定されているそうです。
旧ソ連から独立して27年にしかならない発展途上国のウズベキスタン。すべてのウズベク人に幸福が訪れんことを。。。


これでウズベキスタン旅行記を終えますが、数回の連載のつもりが9連載になってしまいました。
長いお付き合い、有り難うございました。



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イチャンカラの街歩き

カラカル・パクスタン共和国から、元来た道をUターンしヒヴァに帰ってきました。
ヒヴァはウルゲンチ市から30kmのアムダリヤ川下流のオアシス都市で、古代ペルシャ時代からカラクム砂漠への出口として繁栄しました。
ヒヴァの中央部には日干しレンガで出来た大きな城壁があり、街は城内と場外にはっきりと分かれています。
この城内をイチャンカラと呼び、城内には20のモスクとメドレセ、6基のミナレットなどの多くの遺跡が残っていて、1991年にユネスコの世界遺産に登録されています。



DSC_1102.jpg

イチャンカラの城壁を外から見たところです。
城壁の高さは有に10m以上あります。
それでは城内に入ってみよう。



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青いタイルの模様が美しいカルタ・ミナルです。
カルタ・ミナルは未完成のミナレットで、建設を命じたハーンが戦死したため高さ26mで建設が中断しています。
完成していたら90mほどの高さになっていたそうです。
この周辺にはたくさんの土産物店が並んでいます。



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イスラム・ホジャ・メドレセのミナレットです。
このミナレットはヒヴァで一番高く44.5mあるそうです。



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次にタシュ・ハウリ宮殿へ入場しました。
ここは163もの部屋のあるハーレムの一角です。
向かって左側に4人の正妻の部屋が見えています。



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4人の正妻の部屋の天井です。
それぞれ装飾のデザインが違っていました。




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王の部屋は正妻の部屋より少し高くなっていました。右の写真は内部です。



DSC_1066.jpg

タシュ・ハウリ宮殿はヒヴァで最も豪華なタイルで装飾されていて、その美しさには目を奪われます。
その美しい宮殿の中にも土産店があったりします。



DSC09961_2018102121155784d.jpg

続いて特色のある多柱式建築のジュマ・モスクに入りました。
このモスクは10世紀から18世紀末まで修復を重ねて現在の形になっていますが、イスラムのモスクと言うより東アジアの寺院に近いように感じました。



DSC_1073.jpg DSC09964.jpg

柱は213本ありますが、時代によって彫刻のデザインが違っています。
10世紀当時の柱も7本残っているそうです。

これから後は自由時間となり、一人でイチャンカラの街歩きをしてみました。



DSC09977.jpg

通路にはたくさんの土産物店が並び、観光客だけでなく現地の人も大勢歩いていました。
それでは出会った人の写真をアップします。



DSC00052.jpg

何をするわけでもなく佇んでいた地元の老人たち。
高齢の男性はほとんどの人が帽子をかぶっていました。



DSC_1180.jpg

土産物店前の子どもたち。



DSC00050.jpg

楽器を売っていたご婦人。



DSC_1184.jpg

孫と自転車で遊んでいるお爺ちゃん。



DSC_1173.jpg

カメラを向けるとポーズを取ってくれた女の子。

実際に会ったウズベク人は実にフレンドリーで開放的でした。
明日はいよいよツアーの最終日です。
このウズベキスタン旅行記も終わりが近づいてきました。
最終回へ続く。。。



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