モハメッド・アリ・モスク&その他

エジプト滞在6日目はルクソールからにカイロに戻り、モハメド・アリ・モスクを見学して、ドバイ経由で帰国することになっています。



ルクソール

朝のナイル川ルクソール西岸です。
雲一つ無い晴天で、昨日よりも王家の谷のある山々がはっきり見えていました。
さよなら、ルクソール


メーンディッシュ

昼食はカイロ市内のレストランで食べました。
大皿の焼き飯風ライスは少しシナモンの味がしました。
チキンも独特の香辛料で味付けされていましたが、なかなか美味しかったです。
左上のモロヘイヤスープは少しスパイスの味がしましたが、とろみがあってこれも美味しかったです。
左下のエジプト風パンは中が空洞になっていて、下の写真のような具材を挟んで食べます。



たべもの4食べ物2
食べ物3食べ物5

得体の知れない練り物は遠慮して、左上のサラダのようなものを挟んで食べましたが、これが以外と美味しかったです。



フルーツ

またデザートのイチゴ、メロン、オレンジ、バナナなどのフルーツ類は大変甘く、日本のものより美味しいと思いました。




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昼食後、カイロ市内の小高い丘にある城壁(シタデル)の中に建っているモハメッド・アリ・モスクへ行きました。
シタデルはアイユーブ朝(1169-1250年)の創始者であるサラディンが、対十字軍の拠点として1176年にムカッタムの丘に築いた城塞です。カイロ市内を一望できる好立地にあるため、モハメッド・アリは後の時代にここへモスクを築きました。

ところでモハメッド・アリとは何者? 同名のアメリカのボクサーなら知ってるけど。
モハメッド・アリは19世紀半ば、当時オスマン・トルコの支配下にあったエジプトを事実上独立させ、近代化の基礎を築いた人物です。



モスク

城壁に囲まれたモハメッド・アリ・モスクです。
このモスクはイスタンブールのブルーモスクを模して建てられていて、大小いくつもの白いドームと2本のミナレット(尖塔)が印象的で、とても美しいモスクでした。
しかし残念ながら、時間の関係で中に入ることが出来ませんでした。



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夕方、カイロ空港から帰路につきました。
カイロ空港の手荷物検査は大変厳しく、搭乗口までに3回の検査がありました。
1回目の検査はスムーズに通りましたが、2回目の検査の時に恐い顔をした検査官から荷物を開くよう命令されました。
その時引っかかったのが、土産物のハヤブサ神の置物です。
透視したときピストルか手榴弾のように見えたのでしょうね。
検査では靴とジャケットを脱がされ、ベルトも外されました。

その後無事に飛行機に乗り、ドバイ経由で関西国際空港に帰り着きましたが、外のバス停に出ると冷蔵庫のような寒さで風邪を引いてしまいました。帰国して今日で10日になりますが、未だに風邪が抜けません。ツタンカーメンの呪いかも(^_^;)

取り留めもないエジプト紀行を7回にわたり書かせて頂きました。
お付き合いのほど、ありがとうございましたm(_ _)m


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カルナック神殿&夜のルクソール神殿

エジプト5日目の午後はカルトゥーシュの店へ行った後、ルクソール東岸のカルナック神殿とクソール神殿へ行きました。


第1塔門

チケット売り場でチケットを買い、持ち物検査を受けた後、カルナック神殿目指して歩いていると第1塔門が見えてきました。
第1塔門は幅113m、高さ43mのエジプト最大の塔門で、実は未完成だそうです。

カルナック神殿はアメン大神殿、メンチュ神殿、ムート大神殿等の複合遺跡で、世界最大の神殿と言われています。
このうち観光客に公開されているのはアメン大神殿だけですが、それでも広さが約30haもあるそうです。



スフィンクス

第1塔門までの参道の両側には、頭が羊でで身体がライオンのスフィンクスがズラッと並んでいます。
そしてスフィンクスの前足の間には、小さなファラオが彫られています。



足場 足場2

第1塔門の裏側には、建設時の足場に使った煉瓦や土砂の一部が残っていました。



第一中庭

第一塔門を抜けると第一中庭に出ます。
ここにも大きな円柱が残っていますが、ほとんどが壊れてしまっています。
第一中庭の遠方に第二塔門と大列柱室が見えています。



アメン神殿

カルナック神殿の第2塔門です。入口に巨大なファラオの像が2体建っていて、奥の方に大列柱室の柱の一部が見えています。



ラムセス2世

第二塔門前のパネジェムの巨像です。
実はこのパネジェムの巨像は元々はラムセス2世の像だったものを、後のファラオのパネジェムが名前(ヒエログリフ)を書き換えてしまったため、そう呼ばれるようになったんだそうです。 やることがセコイ(^^)
ラムセス2世の足元の小さい像は、王妃のネフェルタリだそうです。




大列柱

第2塔門を抜けると大列柱室になっていて、巨大な円筒形の列柱が134本も立っていて高さは高いもので23mもあるそうです。 この大列柱室はラムセス1世が建設を始め、セティ1世が引き継ぎ、ラムセス2世が完成せました。
列柱は大きいだけでなく表面にレリーフやヒエログリフが刻まれ、色の残っているレリーフもありました。



オベリスク

大列柱室を出ると、トトメス1世のオベリスクとハトシェプスト女王のオベリスクが見えて来ます。
上の写真はハトシェプスト女王のオベリスクで、高さがエジプト一の30m、重さは323トンあるそうです。
ハトシェプストを恨むトトメス3世は、このオベリスクの周りに塀を建て見えなくなるようにしたそうですが、そのことで結果的に良い保存状態が保たれたということです。



オベリスク2

オベリスクは一対で立てられ、もう1本の折れたハトシェプストのオベリスクの先端部が聖なる池の近くにありました。
レリーフやヒエログリフがはっきり残っていて綺麗です。



フンコロガシ

聖なる池の近くにあるスカラベの像です。
「スカラベ」の日本名は「フンコロガシ」なので、日本人には良いイメージではありませんが、古代のエジプト人は糞玉を転がす姿を太陽の回転を司るケペラ神に重ね、「スカラベ」をケペラ神の化身と考えたそうです。
このスカラベの像を左回りに3回廻ると、願い事が叶うというジンクスがあるそうです。



聖池

アメン大神殿の中央部には120×77mもある聖なる池があり、神殿の儀式を行なう前に神官たちが身を清めたそうです。


カルナック神殿を観光した後、夜のライトアップされたルクソール神殿へ行きました。
ルクソール神殿はカルナック神殿の中心・アメン大神殿の付属神殿として建てられ、両神殿を結ぶ3kmもの参道の両脇にスフィンクスが並んでいたそうです。
神殿の主要な部分はアメンヘテプ3世が建造し、その後、ツタンカーメンやラムセス2世によって増設されました。



ルクソール神殿

ライトアップされたルクソール神殿の第1塔門です。
夜の神殿も神秘的で中々良いものです(^^)

第1塔門の前には、エジプトで2番目に高い高さ25メートルのオベリスクが1本立っています。
オベリスクは本来左右2本ありましたが、右側の1本はフランスに贈られてパリのコンコルド広場に立っています。



第1塔門

第1塔門前の一対のラムセス2世像です。
右の像は顔が欠けています。



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中に入るとツタンカーメン王アンケセナーメン王妃の坐像がありました。



ダンス

これはベリーダンスを描いた世界最古のレリーフだそうです。
何人かの女性がイナバウアーの様に反って踊っています。



列柱室

列柱もライトアップされていて厳かな雰囲気を醸し出していました。



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神殿の上に、イスラム教のモスクが建っている場所がありました。
ルクソール神殿は15mもの砂に埋まっていたので、後の時代にイスラム教徒が知らずにモスクを建てたそうです。

夜のルクソール神殿は細かいレリーフなどは見ることが出来ませんでしたが、昼とは違った神秘的な雰囲気を味わうことが出来ました。

さぁ、明日はいよいよエジプト最後の日です。



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メムノンの巨像&王家の谷&ハトシェプスト女王葬祭殿


エジプト5日目はルクソールの遺跡群を観光しました。
ルクソールは旧王国時代から新王国時代にエジプトの首都テーベがあった場所で、日の昇る方向であるナイル川東岸には生者の町としてカルナック神殿やルクソール神殿などの建物が建ち、日の沈む西岸は死者の町として王家の谷や葬祭殿があります。



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朝起きてナイル川西岸を見て見ると、早くも観光用の熱気球が上がり初めていました。
この熱気球、2013年に飛行中に火災事故を起こし、日本人観光客4人を含む19名が犠牲になっています。
それでもトルコなどの熱気球に比べると安価なので、熱気球遊覧は人気のある観光コースだそうです。

この日は午前中西岸のメムノンの巨像、王家の谷、ハトシェプスト女王葬祭殿を観光し、午後は東岸のカルナック神殿とルクソール神殿を観光しました。



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クルーズ船からバスに乗り換え、ルクソール市街地数km上流に20年前に出来た橋を渡り、最初にアメンホテプ3世の像であるメムノンの巨像へ行きました。
西岸遺跡群の入口に立つこの巨像の背後には、かってアメンホテプ3世葬祭殿が建っていました。
名残の石像が見えています。



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左右2体のアメンホテプ3世像です。高さは約18mあるそうです。クリックすれば大きくなります。
左側の像は一枚岩ですが、右の像は下半身は一枚岩ですが上半身はパーツになる岩を積み上げて造られています。
二つの像とも相当痛んでおり、右の像の窪んだ場所にはハトがたくさん棲んでいました。



王家の谷

次に王家の谷に行きましたが、王家の谷は撮影禁止になっていて写真を撮ることが出来ませんでした。上の写真はウィキペディアからお借りしました。

王家の谷には歴代ファラオが埋葬されており、現在約60基の墓が発見されていて、その内12の墓が公開されています。
ラムセス3世、ラムセス6世、ツタンカーメン、ラムセス9世の4墓の内部に入りましたが、どの墓も壁一面に色彩豊かなヒエログリフやレリーフが残されていて、3500年前の世界がそこにありました。
ツタンカーメンの墓には彼のミイラも安置されていました。



Tut Ankh Amun (15)

ツタンカーメンの墓の壁に描かれている壁画の一部です。王家の谷で買ったお土産のDVDからコピーしました。
本物とは比ぶべくもありませんが、墓内部をイメージしてみて下さい(^^)



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次に古代エジプト唯一の女性ファラオであるハトシェプスト女王葬祭殿へ行きました。
駐車場にバスを停めトロッコ風の電気自動車に乗りました。

現地ガイドが「ハトシェプスト」とは言いにくいので、「ハトちゃん」と呼んで下さいと言いました。
それならラムセス2世はラムちゃんと呼ぼう。 ← かわいすぎる(^^)



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電気自動車を降りて、真っ直ぐな通路を約200m歩いてハトシェプスト女王葬祭殿へ向かいます。
神殿は王家の谷東側の崖を利用して造られています。

1997年11月17日午前9時頃、神殿後ろの断崖に身を潜めていた6人のイスラム原理主義過激派が、約200人の観光客めがけて銃を乱射し、日本人10人を含む63名が犠牲になりました。 
20年も前の事ですが、テレビニュースで報道されていたことを微かに憶えています。



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神殿が近づいてきました。
何と美しい神殿でしょうか! 3500年も前のものとは思もえないモダンな建造物です。
この神殿を設計・建築したのは、女王の側近であるセンムトという人物だったそうです。



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3階のテラスに女王の像が何体か立っています。
しかしこれ、全部レプリカなんです。
女王の像は、後継者のトトメス3世によってことごとく破壊されているのです。



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3階テラスの奥に岩窟の至聖所がありました。
左の黒い服の人は警察官らしく、自動小銃を持っています。
観光客を守ってくれているので感謝したいのですが、何か気になります。



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花崗岩製の至聖所入口です。
レリーフが綺麗です。



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至聖所の内部です。
天井が黒く塗られているのは、冥界を現しているからかな?

この後バスでクルーズ船に戻り、昼食の後ルクソール東岸のカルナック神殿とルクソール神殿を観光しました。
次回へ続く。


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コム・オンボ神殿&ホルス神殿

エジプト3日目の夜アスワンでクルーズ船に乗り、翌日からナイル川クルーズを楽しみながら沿岸の遺跡を観光しました。
スーツケースなどの大きな荷物は船の中に置き、貴重品だけ持って観光地を回れるので楽でした。



クルーズ船

4日目の朝起きてみると、クルーズ船はコム・オンボに停泊していました。
ナイル川には大小のクルーズ船が400隻もあるそうです。
この日は午前中にコム・オンボ神殿、午後はエドフのホルス神殿を観光しました。


コムオンボ神殿

朝のコム・オンボ神殿です。
コム・オンボ神殿は紀元前300年代のプトレマイオス朝時代に建設され、ハヤブサの頭を持つホルス神とワニの頭を持つセベク神を祀っています。
神殿の構造は左右対称になっていて、左半分がホルス神、右半分がセベク神に捧げられています。



ワニ神

右側の入口から入ったところのレリーフです。
左から2人目がワニの神様セベク神です。
体が写実的なのはギリシア彫刻の影響でしょうか?

この周辺にはワニがたくさん棲息していて、被害に遭わないように神として祀ったそうです。



三神

このレリーフには、太陽神であるラー神ホルス神セベク神が並んで描かれています。
全員が生命の象徴である♀型のアンクを持っていますが、一体何を意味しているのでしょうか?



医療器具

このレリーフは医療器具出産を表現しているそうです。
古代エジプトでは座って出産していたそうです。



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これは地下室への入口で、この中に神官が隠れていて礼拝に来た人に神のお告げをしていたそうです。
お告げは参拝者の頭上から聞こえるようになっていて、まるで神様が話しているように聞こえたそうです。
この神殿が建設されたのはヘレニズム文化が広がっていた時代で、エジプト古来の神を信じる人が減ってきたのでこんな演出をして信仰を引き止めていたそうです。 インチキじゃん(^^)



ナイロメーター

敷地内にナイル川の水位を測定するナイロメーターがありました。
水位の高さによって年貢の額を決めていたそうです。
水位が高過ぎれば洪水、低く過ぎれば干ばつなので、このような年は年貢の額を低くしたそうです。



DSC07186_201802012158494fc.jpg

敷地内には多くの円柱が立っていて、周囲に描かれたレリーフがとても綺麗に残っていました。
当時の色も残っているレリーフもありました。

この後、クルーズ船に戻って昼食をとり、ホルス神殿のあるエドフに向けて出航しました。



ナイル川

クルーズ船のデッキから見たナイル川沿岸です。
牛がノンビリ枯れ草を食べていました。



バシャ

午後1時過ぎにエドフに着き、馬車でホルス神殿に向かっているところです。
現地ガイドさんから、降りるりるとき恐らくチップを要求されるが、事前に馬車代と一緒に支払ってあるので支払う必要が無いとの説明がありました。
それでもタチの悪い御者がいて、目的地についてもチップを出さないと降ろしてくれないなどのトラブルがあるそうです。



DSC07261_20180202171422687.jpg

チップを要求されることなく馬車を降り、ホルス神殿に向かいました。
前方に塔門が見えています。

ホルス神殿は紀元前237年にプトレマイオス3世によって造られ始め、約180年後のプトレマイオス12世が完成させたそうです。プトレマイオス12世はあの有名なクレオパトラ七世の父です。



ホルス神殿

神殿の入口になる塔門です。
この巨大な塔門は高さ36m、幅79mもあるそうです。
ハヤブサ神ホルスに捧げられたホルス神殿は長い間砂に埋もれており、1860年に掘り出されました。
そのため、他の神殿に比べ保存状態が良いそうです。

塔門のレリーフには、プトレマイオス12世がホルス神と母イシス女神に捕虜を束ねて差し出している場面が、左右対称に描かれています。


内庭

塔門をくぐると列柱回廊に囲まれた広い前庭に出ます。



DSC07302.jpg

第1列柱室の入口にはホルス神像が立っていて、絶好の撮影スポットになっています。



ホルス1 ホルス2

ホルス神像は左右に2体立っていますが、左の黒花崗岩のホルス像は高さが3mくらいあります。
右のホルス神、フクロウみたい(^^)



焦げ後

列柱室の天井が黒くすすけています。
これは後の時代、この場所をキリスト教徒が台所として使っていたため、煙の煤がこびり付いたものだそうです。

  

ホルス神殿レリーフ

このレリーフは神々の顔が削り取られています。
これも異教徒であるキリスト教徒が剥ぎ取ったものだそうです。



ホルス神殿レリーフ2-1

しかし礼拝所や列柱には、無傷の素晴らしいレリーフがたくさんありました。
ホルス神殿だけあって、ホルス神は方々のレリーフに描かれています。

この後クルーズ船に戻り、ルクソール目指して出航しました。



DSC07326_edited-1.jpg

クルーズ船のデッキに上がってナイル川の風景を楽しんでいると、ファルーカと呼ばれる白い帆船に出会いました。
時間があれば、ファルーカでナイル川をのんびりクルーズしてみたいと思いました。

次回へ続く。


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アスワン・ハイ・ダム&アブ・シンベル神殿

エジプト3日目はカイロから飛行機でアスワンまで700km南下し、さらに280km南のアブ・シンベル神殿まで足を伸ばしました。
それで午前4時にホテルを出発し、午前7時にカイロを飛び立ちました。



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アスワン空港が近づき、眼下にナセル湖が見えてきました。



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まずアスワン・ハイ・ダムを見学しました。
上の写真はダムの堤防から南方向を撮したところです。

アスワン・ハイ・ダムはナイル川が狭まった場所に造られたロックフィルダムで、高さ111m、全長3,600mの巨大ダムです。
ダムは軍により管理されていて、戦車が何台も並んでいるのが見えました。



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ダムで堰き止められて出来たナセル湖です。 とにかく広い! 湖水面積は琵琶湖の約8倍、貯水量は約5倍あるそうです。
貯水湖の名は、ダム建設をソ連の援助で成し遂げた故ナセル大統領を讃えて付けた名前です。
現地のガイドさんが「ファラオは1人の為にピラミッドを造ったが、ナセルは全国民のためにアスワン・ハイ・ダムを造った」と言っており、今でも多くの国民に尊敬されているようです。



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アスワン・ハイ・ダムの完成を記念して建てられた記念塔です。
残念ながら時間の関係で行くことが出来ませんでしたが、現代的なデザインで多くの観光客が訪れていました。

この後、バスで280km南のアブ・シンベル神殿へ行きました。



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サハラ砂漠に造った道路を、時速90kmでアブ・シンベル目指して走っているところです。
正面の地平線の下に水が溜まっているように見えますが、これは蜃気楼です。



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アブ・シンベルが近づくと砂漠の中に小さな山が見え始めました。
全ての山の頂上が切り取られたように平になっていますが、なんでこんな姿になったんでしょうね。

アスワンを出発して約3時間半でアブ・シンベルに着きました。
バスが日本では考えられないようなオンボロだったので、腰が痛くなりました。



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アブ・シンベル神殿に行く前に、予約していたレストランで昼食を食べました。
アラブ式の小洒落たレストランでした。



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出されたエジプト料理です。
白い塊はご飯で、塩味が付いていました。.エジプトはアフリカ一の米生産国だそうです。
魚や野菜をエジプト風に調理した料理は、少し香辛料の味がするものの中々美味しかったです。
日本人観光客に人気のあるレストランだそうで、おそらく日本人に合うように味付けしていると思います。

昼食が終わり、バスでアブ・シンベル神殿に向かいました。
駐車場から入場チケット売り場までには土産物店が並んでいて、又しても売り子のオジサンが声を掛けてきます。「ワンダラー!」「山本山!」etc.
「山本山!」はどこの売り場でも必ず聞きましたが、一体何故でしょうね? 反応を見て日本人かどうか判断しているのかも。



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チケット売り場からアブ・シンベル神殿までは、遊歩道を歩いて行きます。
堤防のあるアスワンから280kmも上流なのに、ナセル湖はこの広さです。
アブ・シンベル神殿はナセル湖に水没する運命だったのですが、ユネスコの支援で元の場所から60m上方に移設されました。



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アブ・シンベル神殿には大神殿と小神殿があり、先ず大神殿に入ります。



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神殿の入口にはラムセス2世の座像が4体あり、足下にはラムセス2世の子ども達の小像が立っています。
24歳でファラオに即位し、66年間エジプトを統治したラムセス2世は、111人の息子と69人の娘をもうけたそうです。
すごすぎるっ!

左から2番目の像は、神殿が完成してから数年後の地震で上半身が崩れ落ち、頭部がそのまま像の前に横たわっています。
それにしても4体とも自分の像とは、何と自己顕示欲の強いことかっ!

神殿内部は撮影禁止でしたが、たくさんのレリーフが描かれていて素晴らしかったです。



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次に大神殿から数十m離れた所にある小神殿を見学しました。
小神殿は王妃ネフェルタリに捧げた女神ハトホルを祀った神殿で、2体のネフェルタリ像と4体のラムセス2世の像が立っています。
自分の像を何体建てたら気が済むのでしょうね、まったく。



DSC07132_20180131203331055.jpg

アブ・シンベルからアスワンに戻っていると、サハラ砂漠に夕日が沈み出しました。
現地ガイドさんが気を利かせて撮影タイムを作って下さり、道路脇にバスを停めて撮しました。
その後すぐに覆面パトカーが近寄ってきて、運転手さんとガイドさんがこっぴどく叱られていました。

午後8時近くにアスワンに帰り着き、宿泊所となっているクルーズ船に乗り込みました。
明日から3泊4日のナイル川クルーズですが、ここで又してもハプニングが・・・
部屋の浴槽の脱水栓が壊れていてお湯が全然溜まりません。フロントに修理を依頼しましたが、3日経っても直してくれませんでした。実にエジプトらしい(^_^;)

次回へ続く。


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