土佐二ノ宮・小村神社

高知県に3つしかない国宝の1つが御神体の神社が日高村にあります。
その神社は小村神社(おむらじんじゃ)といい、高知市一宮にある土佐神社に次ぐ土佐国二ノ宮として位置付けられた神社です。
小村神社は587年に創建され1400年以上の歴史を持ち、祭神は国常立命(くにとこたちのみこと)で、国宝に指定されている「金銅荘環頭大刀」が御神体です。

小村神社には20年以上行ってないので、清瀧寺からの帰りに行ってみました。




第1鳥居

国道33号のすぐ北側にある神社駐車場に車を留め、約300m北側にある社殿へ向かいます。



参道

真っ直ぐな参道の両側は杉並木になっていて、所々に桜の花が咲いていました。



狛犬1 狛犬2

杉並木の中の、コロコロとした古い狛犬です。
明治12年の寄進だそうです。



境内

杉並木を抜けると神社境内です。
正面に社殿があり、左側に社務所、右側に尚徳館が建っています。




拝殿

社殿は江戸時代中期の宝永2年(1705年)に造営され、本殿・幣殿・拝殿で構成された複合社殿でです。
本殿前の拝殿は出蜻蛉(でとんぼ)」形式で、屋根は銅版葺きです。




本殿

どっしりした造りの本殿です。



庭園

社殿の東側は日本庭園になっていて、奥に境内社である劔神社と秋葉神社、そしてレンガ色の神庫が建っています。



牡丹杉

本殿の背後には、「燈明杉」と呼ばれる牡丹杉が立っています。
伝承では樹齢1000年といわれ、樹高25m、胸高直径2.7mの巨木で、下枝部の葉は一般的な杉型ですが、上枝部の葉は牡丹型の珍しい樹形をしています。
言い伝えでは、宝永2年(1705年)の仁淀川洪水や、安政元年(1854年)の安政南海地震、日露戦争などの異変に際して梢に霊火が点灯したといい、「燈明杉」の名はこれに由来するそうです。


ところで御神体の太刀は、日高村のホームページに次のように記されています。



太刀

国宝指定「金銅荘環頭太刀拵・大刀身(こんどうそうかんとうたちごしらえ・たちみ)」
1400年ほど昔から小村神社の御神体として奉祀されたもので、今日まで完全な姿で伝わる日本で唯一の伝世品で最古の宝剣。
鞘は金銅と板金で作られており、1958年、国宝に指定されました。
毎年11月15日の秋例大祭時にのみ一般の拝観ができます。
レプリカが、村の駅ひだか内に展示されています。


レプリカでもいいから今度村の駅へ行ったとき見てみよう!(^^)



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四国霊場第35番札所・清瀧寺

昨日、土佐市の四国霊場第35番札所・清瀧寺、日高村の小村神社、伊野町の椙本神社を参拝してきました。
3カ所も行ったので、きっとご利益があるでしょう(^^)

清瀧寺は高知自動車道の土佐ICから車1台がやっとの山道を10分くらい上がった、醫王山(いおうざん)の中腹にあります。
723年に行基菩薩が寺を開創し、その後弘法大師がこの地で修業をした際に金剛杖で岩をついたところ、清水が湧き出たと言われ寺の名前の由来になっています。




山門

清瀧寺の山門です。
門の左右に仁王像が立っていますが、相当老朽化していて破損しているところもありました。



天井画

山門の天井には、明治33年(1900年)の久保南窓の筆によるの絵が描かれています。
見上げてみると、睨まれているようでコワイッ!



清瀧寺

清瀧寺の境内です。
本堂と大師堂が並んで建っていて、その前に厄除け薬師如来像が立っています。
この二堂は一段高いところに建っているので、先に境内を西から東へ回ってみました。



高岳親王塔

境内の南西に「入らずの山」と呼ばれる小高い丘があり、その頂上付近に高岳親王の逆修の塔(人が生存中に建立する墓標)といわれてきた五輪の塔があります。
ここは聖域のため、立ち入りが禁じられています。



厄除薬師如来

本堂前には、清瀧寺のシンボルとも云うべき15m近くある巨大な厄除け薬師如来像が立っています。
台座の下から「戒壇めぐり」が出来ますが、厄年でないので入りませんでした。



子育地蔵

子安地蔵も祀られていました。
お菓子に混じって菊正宗もありますが、お地蔵さんもお酒を飲むのか?



納経所

境内の一番東には本坊納経所があります。
写真には写っていませんが、本坊の日本庭園は素晴らしいです。



本堂

境内中央部に戻り、石段を上がると本堂が建っています。
本堂はあまり大きな建物ではありませんが、どっしりとしていて風格があります。



大師堂2

本堂の西側に建っている大師堂です。
本堂を少し小さくしたような形をしています。



観音堂

境内の一番西には観音堂が建っていて、その背後にはたくさんの石仏が並んでいました。



滝

ここを見ずして清瀧寺に来たと言えましょうか!
本堂の右奥に小さながあって、清水が流れ落ちています。

ご詠歌:澄む水を 汲めば心の 清滝寺 波の花散る 岩の羽衣



遠景

清瀧寺境内からは土佐市の遠景が展望出来ます。
ここしばらく暖かい日が続いていて、山や平野部の緑も大分濃くなりました。
土佐路はもうすぐ田植えが始まります。


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長宗我部一族と家臣を祀る秦神社

雪蹊寺を参拝した後、北東側に隣接する秦神社へ行きました。

まず最初に秦神社の簡単なご紹介。

明治初年の廃仏毀釈により、雪蹊寺が廃寺になったため、雪蹊寺に安置されていた元親の木像や、戸次川合戦戦死者の霊板などを御神体として創建された。
『秦』の名は、長宗我部氏の先祖が「秦」姓であったことに由来するものである。この神社の社宝とされている「絹本著色長宗我部元親画像」は、国の重要文化財に指定されており、今日に伝わる唯一の元親の肖像画である。現在その肖像画は高知県立歴史民族資料館に寄託されており、複製画が一般公開されている。
(高知市ホームページより)



鳥居

秦神社の鳥居狛犬です。
鳥居は雪蹊寺山門のすぐ東側にあります。



DSC09648.jpg

鳥居を抜けると秦神社の由来を書いた説明板が立っていました。
クリックすれば大きくなるので、興味のある方は読んで下さいね(^^)



参道

秦神社の参道です。
参道は雪蹊寺境内の東側に隣接して造られています。
鳥居から数十m歩くと、真正面に社が見えてきました。



拝殿

どっしりと落ち着いた雰囲気の秦神社の拝殿です。



イラスト

拝殿の右側に元親のイラストを掲げていました。
男前すぎる(^^)


戦没者標

拝殿前に、戸次川の戦いで戦死した長宗我部信親と家臣達の戦没者名標が建っていました。
戸次川の戦いで長宗我部軍は740余名の戦死者を出していますが、よくぞこれだけの名簿が残っていたものです。



屋根

本殿の銅板葺きの屋根と、千木・鰹木の造形が何とも美しい。
ややっ!後方に杉の木の花が(^_^;)



慰霊の碑

本殿の東奥に長宗我部盛親公慰霊之碑が建っていました。
平成27年の建立だそうです。
元親の四男である盛親は、長宗我部氏最後の当主で大阪の陣で戦死しています。



西宮神社鳥居

境内の西側に鳥居が建っていました。
この神社は??



西宮神社説明板 西宮神社参道

神社の由来書です。クリックすれば大きくなります。
この西宮神社は秦神社よりずっと古い神社なんですね。
どんな神社か行ってみよう!



西宮神社

西宮神社は、くの字型の参道を数十m上がったところにありました。
歴史の古い神社にしたら簡素な造りでした。

長宗我部氏ゆかりの雪蹊寺と秦神社に参拝したので、この後、元親が岡豊城の次の居城とした浦戸城へ行くことにしました。
次回へ続く・・・



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第33番札所・雪蹊寺

種間寺から引っ返し、高知市長浜の四国霊場第33番札所・雪蹊寺へ行きました。
雪蹊寺は、四国88カ所霊場では二カ所しか無い 臨済宗の寺です。
平安初期に弘法大師が開創したときは真言宗の寺で高福寺と称していましたが、長宗我部元親が臨済宗に改宗しました。
雪蹊寺は長宗我部元親の手厚い保護を受けており、元親の死後、長宗我部家の菩提寺となりました。
寺名の雪蹊寺は、元親の法号『雪蹊恕三』にちなんで名付けられています。



正門

雪蹊寺の山門です。
「四国のへんろ道を世界文化遺産に」と書かれた大きな看板が目立っています。



太玄塔

山門を抜けると左側に、廃仏毀釈で廃寺となった寺を復興させた山本太玄住職の供養塔である「太玄塔」と、太玄住職の弟子で昭和の名僧と言われている玄峰和尚の像が建っています。



鐘楼

少し奥に行くと東側に鐘楼があります。



大師堂

明治43年建立の大師堂です。



大師堂正面

大師堂を正面から見たところです。
龍の彫刻が立派です。



本堂

一番奥の本堂です。
平成16年に改築されています。



観音堂

境内西側に建っている観音堂です。
観音堂には馬頭観音が祀られており、天井には天女絵が描かれています。
馬頭観音は旅の安全を守るとされ、遍路の信仰が厚いそうです。



安産地蔵

観音堂隣の安産子安地蔵です。
安産祈願に多くの人が参拝されています。

ところで雪蹊寺の境内には、元親の長男で戸次川で戦死した長宗我部信親の墓もあります。
今回はうっかりしていて素通りしましたが、次回に行った時は参拝してみようと思います。




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第34番札所・種間寺

ブログネタが切れて、3日間更新をしていません。
それで今日の午前中、ネタ探しの為に高知市南部の種間寺、雪蹊寺、秦神社、浦戸城跡をドライブしてきました。
順次ブログUPしますのでお付き合い下さいまし(^^)

四国霊場第34番札所・種間寺は弘法大師が開基した真言宗の寺で、大師が唐から持ち帰った五穀の種(米、麦、粟、きび、豆)を境内に蒔いたことが寺名の由来といわれています。
本尊の薬師如来像は「安産の薬師さん」として親しまれています。



入口

種間寺の広い駐車場に車を置き、本堂を目指して歩いて行きます。
最初に鐘楼があり、その南側を右に回ったところに門柱があります。



大師像

山門前に立っている弘法大師像です。
どっしりしていて貫禄があります。



DSC09514.jpg

境内に建っている観音堂です。



子育観音2

観音堂には子育観音がまつられていて、左手に可愛い赤ちゃんを抱いています。



大師堂

観音堂の北側には大師堂が建っています。



大師堂彫刻

大師堂の龍の彫刻です。
作者が誰だか分かりませんが、素晴らしい彫刻です。



本堂

境内の一番奥に本堂手水堂が建っています。
二つの建物とも比較的新しい建物でした。



水子地蔵 手水鉢

境内には水子地蔵堂や、江戸時代初期に造られたという手水鉢がありました。



鳥居

鐘楼と本坊の間に鳥居が建っていました。
扁額に春日神社と書かれています。
行ってみよう!



春日神社

種間寺は廃仏毀釈で明治3年に一度廃寺となり、跡地に春日神社が創建されたそうです。
日本中を吹き荒れた廃仏毀釈によって、多くの仏堂・仏像・経巻が破壊されましたが、これは規模から見てもタリバンのバーミヤン石仏破壊の比ではありません。



桜

神社境内の河津桜が綺麗に咲いていました。
今朝は真冬並みの寒さでしたが、春は足下まで来ています。


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