比江廃寺跡

 「なんこくまほら」の「まほら」って何ですか?とよく聞かれます。
「まほら」とは古語の「まほろば」と同義語で、最も良いところという意味です。

 南国市の国府地区には、奈良時代から平安時代に国府が置かれていて、土佐日記で有名な紀貫之も国司として京都から来て4年間住んでいました。

 国司は土佐の最高権力者であったわけですから、国司が住んでいて国庁のあった国府地区は、土佐の最も良いところであったわけですよね。


国府の碑

 これは国府地区にある「国府の碑」です。ここが土佐のまほろばであり、土佐の都であったことが顕されています。

 この周辺には紀貫之邸跡や高浜虚子の句碑など幾つかの見所がありますが、その紹介はまたの機会にということで、今日は一番歴史の古い比江廃寺跡を紹介します。


比江廃寺跡

 紀貫之邸跡を東に300m位行ったところに、小さな公園があります。その公園の真ん中に平らな大きな石が鎮座しています。いったい何だろう? 近づいてみましょう。


礎石

 石は苔むしていて、真ん中に丸い窪みがあって水が溜まっています。


中心部

 窪みはきれいな円形をしていて、真ん中にさらに円形の窪みがあります。さて、これはいったん何なんでしょう?


想像図

 奈良時代の前の白鳳時代、ここには大きな寺院が建っていたそうです。その寺院には五重塔が建っていました。これがその寺院の想像図です。

 実は上の大きな石は五重塔の礎石で、円形の窪みに五重塔の柱がはまっていて、小さな窪みには仏舎利が入っていたと想像されています。柱の直径から推測して、五重塔は32m以上あったそうです。

 こんな古代から開けていた南国市国府地区。このことが南国市が土佐のまほろばと言われる所以なんです。

 南国市の歴史遺産については、折を見て紹介したいと思いますのでよろしくデス。


 
関連記事
←ランキングに参加しています。応援のクリックお願いします(^_^)v
18 : 11 : 21 | 観光 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<巨大津波が襲った | ホーム | みんなのアイドル・アンパンマンキャラクター像>>
コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://soraeki.blog84.fc2.com/tb.php/395-2bfbc86d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |

プロフィール

なんこくまほら

Author:なんこくまほら
高知龍馬空港2Fにある空の駅「なんこくまほら」の情報。南国市、高知県のイベント、見所、美味しいもの情報。など
←ランキングに参加しています。↑ポチッとお願いします。

最新記事

最新コメント

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (401)
見どころ (103)
観光 (152)
独り言 (6)
食べ物 (109)
匠 (2)
ショップの特選品 (249)
アート (11)
イベント (278)
新商品情報 (73)
カルチャー (9)
空の駅協議会の行事 (10)
シャモ料理 (18)
釣り (57)
後免町活性化 (169)
販促活動 (9)
ごめんの軽トラ市 (32)
戦争の記録 (18)

楽しんでいってね~。

現在の閲覧者数:

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
地域情報
126位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
四国地方
15位
アクセスランキングを見る>>

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR

携帯にURLを送る

まほらのブログの訪問者数

天気予報


-天気予報コム- -FC2-