2017高知家ピッサリ祭

まだまだ残暑が厳しいですが、今度の金曜日、毎年恒例になっている全日本プロレス公認イベントで岡林裕二チャリティビアガーデンの高知家ピッサリ祭が開催されます。



無題

ポスターです。クリックすれば大きくなります(^^)

主役はもちろん南国市出身で大日本プロレスの岡林裕二選手です。
プロレスの試合以外にも、小学生対象のプロレス教室ベリーダンス、地元の音楽バンドSALLY'S BAR BANDのライブも行われます。
売り上げは、小学校や児童施設に寄贈されます!


2017高知家ピッサリ祭

日時:平成29年9月15日(金)17時~21時 ※少雨決行・悪天候時は中止。
場所:南国市商工会東隣駐車場

17:00 ビアガーデン開宴
17:30 ちびっこプロレス教室
18:00 ベルアラビベリーダンス
18:30 サリーズバーバンド
19:00 プロレス
21:00 終了

入場料
大人:前売り3,000円/当日3,500円
中高生:前売り1,000円/当日1,500円
小学生以下:無料

<問合せ・チケット販売>
岡林仕出し店 TEL:088-863-5311



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以前の岡林裕二チャリティビアガーデンの写真です。
子どもから大人まで楽しめます。
もちろんプ女子(プロレスファンの女性)の皆さんにもね(^^)


※ピッサリとは岡林裕二選手が誕生させた言葉で、主な意味は「気合い」ですが、あらゆる局面で使われる万能語になっているそうです(^^)



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ロシアンチョコ「アリョンカ」

隣の国でありながらロシアから日本を訪れる観光客は年間約5万人で、中国人観光客の100分の1以下という寂しさです。
また、日本からロシアを訪問する観光客も年間10万人以下のようです。
この人気があるとは言えないロシア旅行から、昨日家族の一員が帰ってきました。




アリョンカ

板チョコと粒チョコのロシアンチョコレートを、お土産に買ってきてくれました。
このチョコレートはロシアを代表するチョコレートで、алёнка(アリョンカ)というそうです。

「アリョンカ」というのは、ロシアの女性の名前「エレーナ」や「レーナ」の愛称で、この「アリョンカ」はソビエト時代からロシア人に親しまれている人気NO.1のチョコレートだそうです。
アリョンカちゃん、そんなに見つめられるとはずかちい




開封

早速開封してみました。
見た目は日本のチョコレートと全然変わりません。




DSC05438.jpg

板チョコと粒チョコの断面です。
それでは食べてみます。

う~ん、少し甘い感じがしますが、日本のチョコとほとんど変わらない味です。
ロシア人と日本人は味覚が似ているのかも知れませんね。

日本とロシアは歴史的な経緯もあってフレンドリーな関係とは言いがたいですが、やはりそこはお隣さんなので、今後交流を深めて欲しいと思いました。



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第36番札所 青龍寺

新子まつりの帰り道、土佐市宇佐町の横浪半島先端部にある青龍寺(しょうりゅうじ)に十数年ぶりに行きました。

弘法大師が唐に渡り、長安の青龍寺で密教を学び、恵果和尚から真言の秘法を授かった恩に報いるため、日本に寺院を建立しました。
それが青龍寺で、唐の長安で密教を学んだお寺と同じ名前なんですよね。



全景

青龍寺の有料駐車場(100円)から本堂方向を撮しましたが、主要なお堂は樹木に隠れて見えません。
それでは本堂めざしてLet's go!



御守り授与所 恵果堂

本堂に向かう階段の起点にある御守り授与所と、隣接する恵果堂です。
外国人である空海の恩師を祀っているのが珍しいですね。



仁王門

緩い階段を少し登ると山門(仁王門)がありました。
仁王像を撮したかったけど、格子の間が狭くよく見えませんでした。



DSC05338.jpg

山門を抜けるとすぐ左側に三重の塔が建っていました。 モロに逆光(T_T)
朱色のピッカピッカの塔だったので、建立してそんなに年数が経ってないと思われます。



階段

本堂に続くこの階段。相当の急坂です。
気温が30度を超しているのがちと辛いけど、一気に登ることにしました。



修業場 弁財天

階段を登っていると左側に行場弁財天がありました。
行場には滝行用の小さな滝もありました。



本堂

階段を登り切ると真正面に本堂が建っています。
本堂は歴史を感じさせる古い建造物でした。
ご本尊は大師が入唐のさい、暴風雨を鎮めるために現れたと伝えられる波切不動明王です。



龍

本堂の波切不動尊の扁額と、見事な龍の彫刻です。



仏像

本堂前の右側に立っている波切不動像です。
本尊の波切不動明王を模して作られたそうです。



大師堂

本堂の左側には大師堂
四国88カ所には必ず大師堂が建っていますが、ここの大師堂は比較的新しい建物でした。



薬師堂

本堂の右側にはこじんまりしたピッカピカの薬師堂が建っていました。

本堂、大師堂、薬師堂が一直線に並んでいるのは、唐の青龍寺と同し配列だそうです。



神社

薬師堂の右側に古びた神社が建っていました。
鳥居や扁額がかなり風化してますが、白山神社と言うそうです。
青龍寺とどういう関係があるのでしょう。



DSC05366.jpg

神社の前の狛犬君です。
涎掛けをしていて、なんともユーモラスな姿です。


歴史ある古い建物と、新しい建物が混在している第36番札所青龍寺でした。



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須崎の新子まつり

今日、須崎市の新子まつりへ行ってきました。



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(画像はネットからお借りしました)

新子とはソウダガツオの幼魚のことで、8月から9月中旬までしか食べる事が出来ません。
モチモチした新子の刺身に、ブシュカンをかけて食べるとやみつきになります(^^)



会場

午前10時過ぎに会場に着くと、既に大勢の人が集まっていました。
新子まつりは今回で20回目になりますが、参加するのは初めてです。



鍋焼きラーメン

会場には須崎市名物の鍋焼きラーメン特産品を販売するテントがズラッと並んでいました。

ところで新子料理はどこだ?



行列

新子売り場には長い行列が出来ていました。恐らく200人近くいるでしょう。
行列の末尾に行くと、係りの人から約2時間待ちと言われました。
それも確実に買えるかどうかは判らないとのこと。

やめたっ! 新子は諦めて別のものを食べよう。



ウツボブース

須崎市らしいものを探していると、須崎ウツボ学会のテントがありました。
これこれっ(^^)



ウツボ唐揚げ すり身2

ウツボの唐揚げ と、すり身の天ぷらです。
唐揚げは何度も食べたことがありますが,、すり身の天ぷらは初めてです。
美味い!
弾力のある真っ白いウツボのすり身が絶品でした(^^)



新子飯1 新子飯2

生の新子が買えなかったので新子めしを買いました。
こちらも鰹めしよりあっさりしていて美味しかったです。




舞台2

ステージでは「バンドの演奏」や「よさこい鳴子踊り」などがありました。

新子まつりで新子を買いそびれ、このまま帰るのは味気ないので土佐市の横浪半島にある第36番札所「青龍寺」に寄ることにしました。



DSC05317.jpg

青龍寺に向かう途中、横波スカイラインから西方向を撮してみました。
絶景ですよね(^^)
東日本の沖合にある台風15号の影響か、うねりが残っています。

青龍寺のことはまた次の機会に・・・



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二十三士公園と福田寺

防災の日の今日、南国市では日章小学校で震災訓練が行われました。
参加された皆様、ご苦労様でした。
今後30年間の間に70%の確率で、南海トラフ巨大地震が起きると言われています。
防災にあまり関心の無かったワタクシですが、今秋に開催される防災士養成講座に申し込みました。
来年から防災士として少しでもお役に立てればいいのですが・・・

さて、モネの庭からの帰路、魚梁瀬森林鉄道立岡二号桟道を見学した後、すぐ近くの「二十三士公園」と二十三士の墓所「福田寺」に寄りました。




公園

二十三士公園は、土佐勤王党の野根山二十三士が処刑された奈半利側右岸にあります。




石碑

公園入口を50m位左に行った所に、「二十三士殉節之地」と刻まれた記念碑が建っています。
殉節碑は町の青年団により昭和5年に建立されたもので、碑面には田野町出身の内閣総理大臣・濱口雄幸の書が刻まれています。



説明文

殉節碑のすぐ前に円筒型の碑に説明文が刻まれていますが、刻字が苔で汚れていて読みにくいので転記します。

元治元年(1864)田野の郷士
清岡道之助を首領とする安芸郡の
尊王攘夷派23名は野根山(北川村)に
集結し藩に対して獄につながれている
土佐勤王党首武市端山らの釈放と
藩政の改革を要請した。
藩ではこれを謀反をはかるものとしてしりぞけ
討伐軍を派遣、道之助ら一行は阿波徳島県に
逃れたが蜂須賀氏の兵に捕えられて
安芸郡奉行(現中芸高校)に送還されたのち
一度の調べもされないまま、9月5日、
この地にて全員斬首された。
平均年齢25歳の若者達の墓は福田寺境内にあり
この碑は昭和5年田野町出身浜口雄幸元総理大臣の
揮毫により青年団が建立したものである。

昭和六十三年三月吉日
田野町

平均年齢25才とは若いですね。一番若かった志士は16才だったそうです。




噴水

二十三士公園は、春には菜の花と桜、秋にはコスモスが咲き町民の憩いの場となっています。
公園の一角にあるこのオブジェは噴水?それとも日時計?




奈半利川

二十三士公園のすぐ東を流れる奈半利川です。
三人の釣り人が鮎の友釣りをしていました。釣れますかぁ(^^)


この後、二十三士の墓所、福田寺に行ってみました。
奈半利河原において斬首された23名の死骸は、盟主清岡道之助の遺言によって福田寺境内に埋葬されています。




福田寺

国道55号沿いの福田寺(ふくでんじ)です。




二十三士碑

境内に武市半平太の小さな像と、二十三士顕彰碑が建っています。




二十三士墓

本堂西の墓地に23柱の墓標が立っています。
墓の周りは鉄の柵で囲まれていました。




墓石

北側から4本の墓石です。
右から2番目が首領・清岡道之助で、右端が副首領・清岡治之助の墓石です。
墓石の先端が尖っているのは、幕末の志士は神道形式で祀るようにとの明治政府の命令によるものだそうです。




歌碑_edited-1

捕らえられてすぐ処刑された二十三士は辞世の句を詠むことも許されず、墓石の前には道之助の妻・静の詠んだ歌を刻んだ歌碑が建っています。
よしやこの 土にかばねは埋むとも 名をば千歳の松にとどめん



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